田中一馬ブログ

久丸福を出荷しました。

今日『久丸福』と言う肥育牛を屠畜した。

久丸福

僕は繁殖農家だ。肥育牛を生産するのではなく、市場で子牛を販売するのが仕事です。僕たちの育てた子牛を買ってくれるお客さん(肥育農家)が更に2年間牛を育て、神戸ビーフや特産松阪牛などのブランド牛肉となる。

ただ、全ての牛がそのレールに乗れるわけではない。流産もあればお産の事故もあるし先天的な奇形もある。生き物である以上確実なものなんてないのだ。そしてその中には子牛市場に出せないような子もいる。

風邪をこじらせた牛や尿石で手術した牛など、曰く付きの牛は販売先で大成することはない。子牛市場を通すと移動や環境の変化のストレスが大きく重篤化して死んでしまうケースは珍しくない。

しかしそんな牛でも、生まれ育った牛舎で肥育をすると、ストレスなく牛なりに大きくなってくれることが多い。

そのため近年は繁殖農家でも肥育まで取り組むケースが増えてきた。

久丸福もそんな1頭だ。

美味しくなければ意味がない

我が家は一般の畜産農家とは異なり、肥育した牛は自分たちで肉を切り、直接販売するスタイルをとっている。

でも実は僕が初めて肥育した牛だけは自分で肉販売をせず、枝肉市場へ出荷したんだよね。理由は自分の生産した肉牛の市場評価を見てみたかったから。
(⬇️読んでね)

繁殖農家が理想肥育をして感じたこと

初めて肥育した牛の結果はA5-10。格付けも文句無しの神戸ビーフだった。その日の市場では最もBMS(霜降り度合い)の高い牛でもあった。

でもなぜか肉屋さんが足を止めて見るのはうちの牛ではなく、隣に並んでいたワンランク下のA5-9の枝肉だったんだ。

実際に比べて見ると一目瞭然。
僕の出した牛は素人目でも脂が硬く、見た目から食べてクドイ雰囲気がしていた。

左から我が家の10番。右が隣の9番。

その後無理を言ってロースの一部を分けてもらい、家族みんなでお肉を食べた。

初めて僕が肥育したすごく思い入れのある牛。自分の主観のバイアスがしっかりとかかった上で、間違いなく美味しいはずなんだけど、正直言えば美味しくは無かった。塩胡椒で焼くのではなく、すき焼きで食べるべきだった。。。

もちろんこれを「柔らかい!」とか「美味しい!!」とかいう人はいるんだろうし、モモならまた違った感想を持ったかもしれない。好みや調理法もある。でも当時の僕はどれだけ贔屓目に見てもこれじゃダメだと思ったんだ。

美味しくなければ肉牛を飼う意味がない。

誤解を生みそうな言葉だけど、牛と向き合い肉にする仕事をしている以上、突き詰めればそうだと思う。

そこから但馬牛でも色んな牧場の肉を食べ、話を聞き、削蹄では各牧場の牛を触り、その飼い方を見ながら肉を食べ、自分なりに美味しいお肉ってなんだろうと模索し続けた。

その中で出荷したのが去年7月に販売した『秋福悠』だった。

秋福悠のお肉完売しました!!即完売なんて一度だって思ったことはない。

当初はこの子も枝肉市場で販売予定だったんだけど、どうしても味を確かめたくて自家割りして自分たちで精肉販売をすることにした。自分達で販売すると全ての部位を食べることができる。

結果として、秋福悠は凄く美味かった。マジで美味かった。こんなにも飼い方で肉は変わるのかと驚いた。

その秋福悠と一緒のマスで飼い、秋福悠以上に期待していた牛が、今回肉にした『久丸福』なのです。

久丸福という牛

久丸福は2016年10月26日生まれの去勢牛。

父は丸福土井という但馬牛の中でも小柄だが美味しい牛。母方の祖父は照一土井。どちらも肉牛として評価の高い牛だ。

但馬牛

但馬牛血統証明システムより

生まれた時から胴と足の短い肥育向きの体型で、個人的にすごく期待していた牛だった。しかし生後2ヶ月で風邪を悪化させ肺炎。市場に出荷する9ヶ月齢で体重は180kg。通常よりも100kgも小さい上に毎日ずっと咳をしていたヒネ牛でした。

「とても子牛市場にはかけられない。家に残しても生きていけないかもしれない。」

それが当時の正直な気持ちだった。

でもそんな僕の思いを蹴り飛ばすかのように、咳をしながらも久丸福は黙々と餌を食べてくれた。

そしていつの間にか咳も治まり、小さいながらも想像以上にしっかりと食い込んでくれる久丸福は食い込んだ分だけ確実に肉をつけていった。

この牛は絶対よくなる。格付けはわからないけど美味しい肉牛になる。

ずっと見てても飽きない、そんなオーラが出ている牛でした。

当初最初35カ月で割る予定だった久丸福。

でも毎日毎日見ていたら、もっとこの先を見たくなってしまっていたんだよね。

一般的に長く飼うほど牛肉は美味しくなる傾向がある。ただ、長く飼えば美味しいかと言うとまた別の話。32カ月でも美味しい牛はたくさんいるし、40カ月を超えても美味くない牛もいる。

毎日1頭だけになった久丸福を見てては「枯れてきたな。。もうそろそろかな。」と何度も思い、販売予定をツイートするものの牛を見てるとどんどんずれ込んできた。

最初から40カ月齢を目標にしてたわけじゃない。最後まで配合の食いが7.5kgから落ちず、本当に40カ月間この牛の変化に魅せられてしまったんだと思う。

そして毎日見てきた中で、変化を感じなくなってきたのが40カ月齢だったのだ。

ここで屠畜しようと決めた。

38カ月齢

39カ月齢

40カ月齢

牛を飼っていて救えない命は悔しいけどある。たとえ救えても商品として子牛市に出せない子もいる。見込みのない牛を早く楽にしてあげるべきって考えも分かる。
ただ僕は諦められないタイプ。
正解不正解って話ではなく、僕の性格の話です。

9カ月齢で180kgだった久丸福は、30カ月齢で566kg。40カ月で枝肉重量は440kgになっていました。

こうやって大きくなった牛を見て、やっぱ牛を信じて良かったと思うのです。

よく頑張ったなって。

これからは肉屋として肉と向き合います。

楽しみに待ってて下さいね。

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書いている人

しゃべらないけど発信はマメ 田中一馬(カズマ)

1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。
小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。
2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。
2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。
好きなものはカメラ、カレー、コーヒー、純米酒。

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