放牧のこだわり
田中畜産が放牧敬産牛にこだわる理由 譲れない想い
草主体で飼育した牛肉を「グラスフェッドビーフ」と言います。実は黒毛和種(但馬牛)でグラスフェッドに取り組んでいる牧場は、大学や研究機関を除けば日本では我が家だけです。
そもそも最初に放牧に取り組んだきっかけは、輸入飼料に依存しない地域資源を生かした牛肉生産ができないかなと考えたからでした。
「放牧」というとのびのびとしていてストレスフリーで自然な飼育方法だから健康的だというイメージを抱く方も多いと思います。
しかし放牧牛肉生産には多くの課題があり、市場にはほとんど流通していないのが現状です。(下記、日本の放牧牛肉への課題をご参照ください)
僕自身も、当初は放牧の優位性にばかり目を向けていました。安全だとか健康だとか、何か正しいものがあると思い込んでいたんです。
畜産農家は、みんな自分の仕事に誇りを持っています。牛の飼い方は千差万別。輸入飼料の霜降り肉がダメで、牧草で作った赤身肉がいいといった善悪なんてないんです。現に僕自身が育てた多くの愛着のある子牛達は霜降りの入った神戸ビーフや松阪牛などのお肉になっていきます。
その事に気づいたとき、考え方が変わりました。地域や自分の家の牛を大事にしながら、自分の思いにフィットした、自分が納得できるお肉を提供しようと思い直しました。
最初に放牧で仕上げた経産牛を食べたときの感動は忘れません。単純に美味しくって、放牧牛肉の可能性を探したいという気持ちが湧いてきました。
放牧敬産牛肉の生産から放牧牛肉の肉質研究や販売ルートの確保。いまできることから行動し、考える。そうやってお肉の生産を始めて、今年で10年が経ちました。
「牛肉アレルギーの子供がお肉を食べることができた」「おいしい!また買うから!」お客様からの声が今の牛肉販売の形を作ってくれています。少しずつですが自信を持ってお届けできる商品が出来てきました。これからも安心してご飯が食べられる未来を、牛と一緒に作っていきます。
日本の放牧牛肉への課題
1 肉の量が取れない
穀物と比べ栄養価の少ない草を食べて育つので、普通の牛に比べ3割の肉量しか取れません。肉量が少ないため、単価が上がります。また、牛が薄く(スリムな為)焼肉用などが多くなってしまう。ブロックが取れる場所が少なく単価の安い切り落としやミンチばかりになります。
2 肉が硬い、霜降りが入っていない
運動をするので赤身が多く、一般の肥育牛と比べるとかたい肉になってしまいます。また、水分の多い青草を食べるため、締まりのない肉になります(ドリップがでやすくなり調理が少し難しくなる)。
3 広大な土地が必要で、牧場作りに時間がかかる
1頭の牛を育てるのに1ha(100m×100m)もの土地が必要になります。また山を放牧場にするためには適度の間伐や種まきが必要です。牛に快適な環境づくりに10年以上かかるときもあります。
4 飼育マニュアルがない
放牧牛は成長曲線が緩やかなため、生まれてからお肉になるまで4年以上かかります。何万通りとある飼育方法の中から新しい方法を見つけるには時間も頭数も必要になります。
5 おいしい食べ方、熟成方法がわからない
放牧牛肉がどんなお肉なのか飼育マニュアルがないため肉質の基準が決まっていません。その中で食べ方や牛肉の熟成方法を作っていかなくてはいけません。
6 流通方法を確立していかなくてはいけない
牛肉の流通は非常に複雑で、個人で解体販売はできません。流通量が少なく、定期定量出荷ができません。
7 時間がかかるため資金繰りが大変
種付けをして子牛が生まれ、牛になるまで約5年かかります。さらに牧場づくりに10年、牛肉の流通システムを作るまでかなりの時間がかかります。
8 地域での理解・協力が不可欠
放牧をするために広大な土地が必要です。耕作放棄地や手の入っていない山林など、利用されていない土地は多いですが、「牛がいるとハエが増える」「糞尿による汚染が心配」「何か問題を起こされるよりは荒れたまま放置するほうがいい」などの意見が多いのも現状です。
放牧敬産牛を生産する理由 みんなの声があってこそ
放牧牛肉は国内飼料を中心に、1年の2/3を放牧だけで育てた牛です。一生を通して穀物を与えず、草だけで育てています。(参考記事:「放牧牛肉(グラスフェッド・但馬牛)「夢」その6(牛肉編③・完結)」もご覧ください)
一般的に牛舎で飼育される肥育牛子牛は生まれてから2年以上なのに対し、放牧牛は4年以上かけて牛肉になります。放牧牛肉の生産はリスクが高く、我が家では現在も試験的な生産に留まっています。
一方、放牧敬産牛は生まれてからずっと放牧や国内飼料のみで育てているわけではありません。普通の牛と同様に輸入飼料も食べ、5~10年の間、牛舎で母牛として活躍してきた牛です。この母牛をお肉にする直前(6~8か月間)放牧のみで仕上げた牛肉を「放牧敬産牛」といいます。
放牧牛肉を生産する際の一番の問題は、牛肉の生産期間の長さですが、放牧敬産牛の場合、子牛からの生産に比べて1/6の期間で生産できます。
また牛肉は、出荷前の1年間に食べるエサが最終的な味を決める大きな要因となります。よって放牧敬産牛は放牧期間が出荷直前だけであったとしても、放牧牛肉と同じ食味を引き出すことができるのです。
放牧の特徴を持った美味しいお肉を届けること、そして今まで多くの子牛を産んでくれたお母さん牛に少しでものびのび余生を過ごしてほしいと「放牧敬産牛」の生産を続けています。
放牧敬産牛の味の特徴 多くの要因が重なってできた味
「放牧敬産牛肉」は赤身主体のお肉です。赤身といっても、ただの赤身肉ではありません。一般的な和牛の「赤身の部分」とは別のジャンルのお肉だと考えてください。
放牧なので、牛舎で飼われる牛とは運動量が違います。だから一般の牛肉に比べて硬いです。
しかし、食べた瞬間に「ガツン」とお肉の味が沁みだします!口の中でとろけない、しっかりとした噛みごたえと香ばしさが、「肉、食べてる!」と感じさせてくれます。そして青草を摂取した放牧牛肉ならではの甘い香りが特徴です。
牛肉は飼い方によって、また血統系統によって、赤身も脂も大きく味が違ってきます。そして同じ飼い方をしても、牛によって味の個性は違ってきます。
楽しい食卓を通して、牛肉の奥深さを感じていただければと思います。
味を引き出す3つの要因
1 但馬牛であるということ
放牧であっても、遺伝の関係でサシが入ります。また但馬牛特有のお肉の風味を持ちます。
2 経産牛であるということ
年齢を経た経産牛はお肉の味の濃さ(コク)が上がります。
3 屠畜直前まで放牧していること
青草を食べているためその脂は黄色みがかっています。これは青草に含まれるカロチン(ビタミン)です。この脂も草独特の風味と甘みをたっぷり含んでいます。