田中一馬ブログ

あなたの正義と私の正義

今日は美方郡和牛育種組合のR4年度通常総会でした。

日本の和牛改良において重要な血統である但馬牛。そのルーツである兵庫県美方郡は兵庫県内の但馬牛のみで改良を行う「兵庫県閉鎖育種」から、更に狭い範囲の「美方郡閉鎖育種組合」を行っている。

21年前にこの地域でゼロから牛飼いを始め、今肌で感じていることは、地形や歴史的背景と同じくらいの要因で、美方郡産但馬牛にこだわりを持った先人達がいたから今の但馬牛があると言うことだ。畜産は個人事業。でも一人じゃ和牛は作れないのだ。意見が合う人合わない人。色んな人がいて和牛は前に進む。

その上で僕は今の但馬牛の在り方に問題を感じている。単なる市場価格と言った金儲けの話だけでは無く。但馬牛や和牛の未来と言う点で問題や課題を実感している。誤解を恐れず言えば牛が弱くなっている。

和牛というのは日本国内でしか生産されない。そのため代が進むたび遺伝的に血は濃くなり弊害が出てくる。兵庫県内のみで改良を進める但馬牛や、さらに狭い地域で改良を進める美方郡産の但馬牛は日本の和牛の未来の姿を写していると僕は思っている。大袈裟かもしれないけどね。今現場で僕たちが感じている問題が将来的は和牛全体の問題になるのではないかと言うことだ。

今から7年前、そんな僕の思いを地元の新聞に掲載していただいた。

 「美方の閉鎖育種(いくしゅ)を続けていくべきか疑問です。話し合う場をつくりませんか」
 昨年夏、兵庫県美方郡和牛育種組合の会合。発言者は、香美町の若き牛飼い田中一馬さん(37)だ。
 組合長の村尾高司さん(64)が、ぴしゃりと言った。
 「それはもう終わった話だ」
 閉鎖育種とは、但馬牛(うし)を一つのエリア内で交配し、「純血」を守ること。兵庫は県内で徹底し、他県の遺伝子は一切入れない。全国唯一の方針だ。
 美方では、さらに「郡内」に限定する。これも例がない。明治のころ、国策で洋種の牛を入れた結果、質が落ちた苦い経験がこだわりを強めた。
 「異議」はタブー。14年前、外から来て就農した一馬さんいわく、「地元の人間じゃない僕だから言いやすい」。
 就農後、病気や内臓の奇形で何頭も死んだ。科学的根拠はない。飼い方が悪かったからかもしれない。だが、大学で畜産を学んだ一馬さんは懸念を消せない。
 「狭い範囲で交配を続けると遺伝的な偏りがあり、牛が弱い気がする。但馬牛を守っていくためにはこれでいいのだろうか」
   ‡ ‡
 村尾さんが言う「終わった話」は、2011年ごろのこと。別の理由で地元が揺れた。
 当時、淡路島生まれの牛「丸宮土井(まるみやどい)」の価格が、美方生まれを上回った。それまでは美方が上位を独占。「美方神話」と呼ばれた。
 「丸宮」の勢いは衰えない。神話は崩れたのか。美方の農家は焦り、協議した。
 結論は「現状維持」。先人に申し訳ない、純血が売りだ、との意見が大勢を占めた。
 一馬さんの提案を打ち切った村尾さんを、新温泉町に訪ねた。
 牛飼いを始めて50年近く。「血統を守っていくのが当たり前と肌に染みついとる」。揺るがぬ思いがにじむ。
 「でもな」と照れ笑い。「自分も若いころは先輩にかみついたもんだ。もう少し彼と話せば良かったな」
   ‡ ‡
 昨年12月、養父市の但馬家畜市場で開かれた子牛の競り市。一馬さんも雌5頭を競りに掛けた。どれも高値で売れた。
 うち1頭の買い手は「ぜひ、美方産を」という宮崎県の農家。繁殖させて肉質の良い牛をつくるという。
 「評価されるとうれしい。美方の牛をなくせ、じゃない。例外を認めるルールをつくれないか」
 一馬さんの思いを受け止めた人がいる。
 JAたじまみかた畜産事業所長の田中博幸さん(56)。「違う世代が声を出し合うことが、美方のためになる」。今春、話し合いの場をつくるつもりだ。
 純血へのこだわりを育んだ歴史。「ここに詰まっています」。田中さんがある部屋に案内してくれた。
(宮本万里子)

この7年一歩一歩順序を追って動いてきたが結果的には何も変わっていない。間違いなく僕の力不足と人望の無さだと思う。

どれだけ意見が違えども話せば分かるとずっと思っていた。でも「あなたの正義と私の正義」って考えられる人は案外少ないんだよなと今は感じている。大抵は「あなたは悪で私は正義」。それを覆すのは基本的には不可能だ。そして意味がない。覆すって「あなたは間違いで私が合ってる」って事だからね。

「あなたの正義と私の正義」ってなる為には理屈では無く関係性。僕の最も苦手な分野だ。それでも諦めず思いを伝え続けたいと思う。

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書いている人

しゃべらないけど発信はマメ 田中一馬(カズマ)

1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。
小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。
2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。
2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。
好きなものはカメラ、カレー、コーヒー、純米酒。

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