最終更新日2019.1.8 16:20
マダニの被害から牛を守ろう
こんにちは。
但馬牛繁殖農家のお肉屋さん、田中畜産の田中一馬です。
今年も順調に放牧が進んでいます。
こんな気持ちのいい場所での放牧。
牛たちにとっては楽園のようなイメージがありますよね。
でもね、実は放牧場には様々な危険が潜んでいます。
その1つがダニによる被害です。
目次
増えつづけるシカとダニ
ここ数年の間に野生動物、特にシカの増加が目につくようになりました。
どこを走っていても必ずと言っていいほどシカに会います。
今までであれば放牧前にダニの駆虫薬を使用していれば、ダニによる被害を防ぐことができました。
しかしここ数年、駆虫薬を使ってもダニには減らず牛がどんどん痩せるというケースが増えています。
特徴的なのが圧倒的なダニの量。
同じ但馬地域であっても、雪が多くシカが少ない放牧場ではダニの被害が軽いとの報告があります。
シカの増加によってダニが増えてきている可能性が非常に高いと僕は考えています。
今後年々増える可能性があるマダニ。
その対策について改めて考えてみました。
マダニの被害
マダニが起こす問題は大きく2種類あります。
ピロプラズマ症の媒介
マダニはそれ自体が「吸血」という被害をもたらしますが、血液を介してピロプラズマという病気を媒介する可能性があります。
このピロプラズマに感染した牛は貧血や流産を引き起こします。
一度感染すると一生体内からは消えることがなく、健康状態の悪化や分娩後など牛の体調が変化した際に再発することがあります。
寄生によるストレス
マダニの吸血は数日から数週間にわたります。
マダニの唾液による影響(炎症、溶血、神経毒)や多数寄生による貧血、体重減少、栄養不良、食欲不振も大きな問題となります。
ダニ対策
放牧におけるダニ対策は駆除薬が一般的です。
駆除薬には大きく分けて①フルメトリン製剤、②ペルメトリン製剤、③イベルメクチン製剤、④エトキサゾール製剤の4つの種類が使われています。
①フルメトリン製剤
バイチコールでおなじみのフルメトリン製剤。
牛の頭から尾にかけてかける薬で、ダニの駆除薬としては一番効果が高く最も普及している薬です。
効能:マダニの駆除
商品名:バイチコール(バイエル薬品) フルメトール(フジタ製薬) フルメトリン液1%「KS」(共立製薬)
特徴:
・全ての生活環ステージ作用する(卵以外)
・殺ダニ効果が高い
・即効的に作用する
・産卵阻害作用、孵化阻害作用を有する
・安全性が高い
・経皮吸収がほとんどない
放牧の際にこれを背中にかけるだけって方も多いですよね。
②ペルメトリン製剤
耳標タイプの駆除薬です。
マダニだけでなくアブ対策として使用されている方もいます。
全身をカバーすることはできないためバイチコールとの併用がオススメです。
商品名:ペルタッグ(ゼノアック)
③イベルメクチン製剤
牛の体内寄生虫を駆除するイベルメクチン製剤は、ダニなどの外部寄生虫の抑制効果もあります。
イベルメクチン製剤はフルメトリン製剤と同じ牛の背中にかけるタイプの薬。
内部寄生虫の駆虫ではよく使われますが、ダニに関してはフルメトリン製剤の方が効果が高い為あまり利用されていません。
効能:マダニの吸血の抑制
商品名:アイボメック・トピカル(ゼノアック)、ノロメクチン・ポアオン(共立製薬)
④エトキサゾール製剤(IGR製剤)
産卵阻害・孵化阻害をしてマダニの絶対数を減らす効果があります。
成ダニの出現時期(6月下旬)に使用。
効能:マダニの脱皮阻害・孵化阻害
商品名:ダニレス(ゼノアック)
以上4種がダニの駆除薬。
この中で殺ダニ効果の最も高いのが①フルメトリン製剤です。
しかし、ダニの過剰な増加により従来の使用法では対応できないケースが出てきました。
そこで、最適な薬の使用法について改めて考えてみました。
我が家の事例をもとに、説明しようと思います。
え!ダニに薬が効かない???
シカの増加とともに増え続けるダニ。
それでも「ダニ駆除製剤さえあれば、いくらダニがいようが関係ない!!」と思っていました。
実際に今までそれで対応できていましたし、試験場等が配布する放牧マニュアルにもそう書いてあったからです。
しかし、放牧に出して2週間。
みるみる痩せる牛が出てきました。。。
群れにも馴染み、草も普通に食べ、糞の形状も良いのに痩せる牛たち。
よく見ると鳥肌が立つほどのダニに噛まれています。
このままとても放牧を継続出来ないと判断。
あわてて牛舎に連れ帰りました。
連れて帰ってみると想像以上に凄いダニダニダニ。。。
特に前足の付け根、乳房、後駆の内股の皮膚の柔らかい部分に大量についていました。
この子2週間前に牛舎内でバイチコール(フルメトリン製剤)を塗布した牛です。
(バイチコールは雨で流れるので室内での塗布が原則)
フルメトリン製剤の効果は2か月
しかし、この牛は放牧後2週間しか経っていません。
説明書通り駆除薬を使用しているのに、いったいどうしてなんだろう。。。。??
丸々と血を吸ったダニ↓
幼ダニと成ダニ↓
それでもダニは死ななかった。
あまりのダニの量に驚いた僕は、すぐさま駆除しようと近くにあったゴキジェットプロを取り出しました。
ゴキジェットはゴキブリでも確実に殺す強力な殺虫剤です。
これで死なない虫はいない。
「おい!おまえら、調子乗ってんじゃねえーーーー!!」と脇の下のダニに向かって力いっぱいジェット噴霧しました。
1,2,3,4,5秒。。。。30秒。。。。。1分が経過。。。。。
なんと!
ダニは全く落ちません!!
実はダニは皮膚の中に顔を突っ込んでいるため、外から殺虫剤を噴霧しても効かないんだそうです。
仕方ないので1匹1匹手で取ることに。。。
小さなダニまで全てを取ることは難しいため、とりあえず血を吸って大きくなったダニだけ取り除きました。
そして、再度フルメトリン製剤を牛の首から尾にかけて滴下しました。
(写真は手で取ったダニの一部。麦チョコみたいだね。)
そして2日後。。。
なんと!!
2日前に小さかったダニがみんな血を吸って膨らんでるよーーーー!!!!!
マジかよーーーーーーーー!!!!!
(ほとんど手で取ったのに。。。)
殺ダニ効果の高いフルメトリン製剤をかけたにもかかわらず、やっぱりダニは死んでいません。
マジかよ。。。
意外に多い!滴下薬の仕組みの勘違い。
これを見た僕は「フルメトリンが効かない!!」とメーカーに連絡をしました。
製薬メーカーの担当者もすぐに現場に来ていただき、「あぁ、効いてないですね。。。」と、ダニを見てびっくり。。。
いろいろ議論しましたが、なぜダニがが死んでいないのかなかなか分かりません。
しかし、話の中で僕と製薬メーカー双方に薬に対する認識のずれがあることがわかりました。
農家サイドの勘違い
ダニ効果の最も高いフルメトリン製剤は、牛の頭から背中、尾にかけて滴下して使います。
同じようにイベルメクチン製剤も背中から尾にかけて滴下します。
一見同じような使い方のこの薬ですが、実は大きな違いがあります。
イベルメクチン製剤はダニだけではなく体の内部寄生虫まで駆虫するため皮下吸収し、全身に行きわたります。
一方、フルメタリン製剤は経皮吸収をほとんどしません。
畜産の現場では内部寄生虫の駆除のためイベルメクチン製剤がよく使われます。
イベルメクチン製剤は皮膚から吸収する劇薬のため、必ず手袋をします。
また、手に付くとすぐに石鹸で手を洗います。
こういった体験から、
「背中にかける薬は皮膚吸収するもの」という思い込みがあったんですね。
フルメトリン製剤は背中にかけた薬剤が体表を伝って流れ落ち、「体表に付いた薬液」がダニを殺すという物なんです。
(これ、僕知りませんでした。聞いてみたところ獣医師も普及センターも他の牛飼いもみんな経皮吸収するものだと思っていました。。。)
製薬メーカーの勘違い
このフルメトリン製剤、メーカー曰く理屈では頭から尾にかけて薬を垂らすことで体表を伝わって全身に広がっていくという事でした。
しかし実際は用法通りに背中に薬液を垂らしても広がり方にムラがあります。(写真はバイチコール2日後)
とても脇の下や乳房にまで薬は回りません。
だから脇の下や乳房、股の内側にダニが付着しやすいのです。
特にこの部分は草が当たり、ダニが最もアタックしやすい部位。
シカが多い所は圧倒的にダニの生息数も増えているため、今後この傾向は顕著に出てくると思っています。
農家の薬に対する勘違いと、メーカーの理論値と現実の薬の広がり方のギャップ。
この2つが「薬を用法通り使っているのにダニが減らない」を生み出していました。
つまり、ダニのつく一番の原因は薬がかかっていないという事だったんです。
フルメトリン製剤は「全身」に!!
背中への滴下では脇の裏まで薬が行き届かないため、フルメトリン製剤5mlを霧吹きに入れ、脇の裏に直接噴霧してみました。
すると、、、、なんと6時間後にはすべてのダニが死滅していました!!!
フルメトリン製剤は非常に殺ダニ効果の高い薬です。
しかし、全身に塗布しなければ効果は半減する。
全身塗布がフルメトリン製剤によるダニ防除の基本となります。
でもね、全身塗布って意外に難しいんです。
そこで登場するのがオイルスプレーです!!
オイルスプレーでダニをシャットアウト
フルメタリン製剤は450㎏の母牛であれば、45mlが使用量になります。
45mlといえばお猪口1杯分くらい。
この少しの量を牛の全身に塗布することは意外に難しいんです。
霧吹きに入れてもすぐになくなってしまいます。
そこで活躍するのがこのオイルスプレーボトルです!!
オイルスプレーボトルとは料理の際に油の使い過ぎを防ぐために油をミスト状に飛ばすための物。
これにフルメトリン製剤をいれて局所に噴霧します。
(ミスト状のためマスクと手袋は必須です。)
フルメトリン全身噴霧でのビフォーアフター
それでは、フルメトリン製剤を全身に噴霧した効果を見てみましょう!!
かなりえぐいダニの数ですので、苦手な方はじっくり見ないでくださいね。
ビフォー(7/19)
アフター(7/20)
めちゃくちゃ落ちてるよーーーーーーー!!!
手間はかかりますが効果抜群です。
放牧前のフルメトリン製剤の使い方として是非参考にしていただければと思います。
ちなみに我が家ではこれを機会にイベルメクチン製剤との併用もしています。
イベルメクチン製剤は殺ダニ力は弱いものの皮下吸収して全身に行きわたるという特性があります。
内部寄生虫の駆除も出来て一石二鳥なので、フルメトリン製剤だけではなくイベルメクチン製剤との併用もダニ対策の一つの手だと思っています。
先日、ペルタッグも購入しました。
後日こちらの方も効果を報告しますね。
ダニ駆除は確実に
ダニは牛のだけではなく、人間にもくっつき血を吸います。
2年ほど前にダニに噛まれて死亡したという全国ニュースを覚えている方もおられると思います。
ダニの駆除は牛だけの問題ではありません。
先日阿蘇で放牧をされている方とダニの話をした際、阿蘇もシカが多いにもかかわらずダニの被害はまだ顕著になっていないと聞かせていただきました。
その理由の一つが山焼き。
毎年春先に山に火を入れることで一定数のダニを駆除することが出来ているのではないかとのことでした。
放牧を1年休み、採草地として草を刈り取れるのであればそれだけでもダニの数は減ります。
シカの駆除も今後さらに必要になってくると思います。
ダニ対策は単体では対症療法でしかありませんが、複合的に組み合わせていくことで大きな効果を生むのではないかと思います。
もちろん前述した駆除薬も非常に大切です。
駆除薬を使うことでダニの生産サイクルを止め、放牧場内のダニの総数を減らすことができます。
僕らのできる一番身近なダニ対策は駆除薬です。
放牧とは牛を野に放置することではありません。
牛舎での飼養管理と同様、牛を管理方法の一つです。
牛が健康でない放牧はただの放棄。
しっかりとダニの対策をして元気に野山を走る牛を見たいですね。
放牧って良いところがいっぱいなんですから!!!