田中一馬ブログ

職人の辞め時とは

身体ボロボロっす。

でも負けねえ。

41歳になり力は目に見えて落ちてきた。

毎日毎日腕がプルプルするまで削蹄鎌を回しても、筋肉は維持が精一杯だ。
むしろやってもやっても筋肉は落ちていく。

少しでも身体に負担をかけないように、それは少しでも牛に負担をかけないようにと、足の持ち方、ロープのかけ方、鉈鎌の研ぎ方、使い方、体の動かし方、声のかけ方、動線etc。ありとあらゆることを考えて状況に合わせながら牛と蹄に向き合う。

それでも完璧なんてわかんない。その中で日々試行錯誤でやるしかない。
どんな仕事も同じなのかもしれないね。

ただ、スポーツ選手と同じく身体と感覚に依存した単独保定の削蹄は年齢とともに限界がくる。白鵬だっていつかは引退するのだ。
それは悲観ではなく、当たり前の流れ。永遠に現役なんてありえない。
古いものは去り、新しいものが受け継ぎ築いていく。

そんなことを冷静に思うと、職人としての僕の寿命はあと数年だと思わざるをえない。
悔しいけどね。

20歳年下の甥弟子が誰よりも早く蹄を切る。
僕が41歳だから20歳だ。15歳からやってるからキャリアは5年。
バリバリの若手とピークが過ぎた僕。
でもまだ負ける気はない。
負けても食らいつく。子供くらいの年の差でも関係ない。

【前にいる人には食らいつく。走れるだけ走って後ろの人間を引っ張る。】
僕にはこれしかできない。

僕のことを器用に見る人もいるけどそんなことマジでないから。
弟子をとって指導するなんてのも性格的にも無理。
できることなんてやれる限りを食らいつくのみだ。

衰えなんて問題じゃない。
問題は走れないと思うこと。妥協し始めた時。
出来なくなったら辞める時。

もう何年もそう思ってる。
まだやるけどさ。

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書いている人

しゃべらないけど発信はマメ 田中一馬(カズマ)

1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。
小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。
2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。
2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。
好きなものはカメラ、カレー、コーヒー、純米酒。

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