田中一馬ブログ

蹄の見本

牛の蹄にはこれがベストという普遍的な形はありません。

それは牛の飼われている環境、牛の種類、飼育ステージなど、求められる蹄の形は同じ牛であっても違うからです。

例えば以前ブログにも書きましたが、アフリカ中部の沼地に生息するウシ科の「シタツンガ」。

蹄が長いため泥の中も沈まずにあるけるそうです。


牛がこんな蹄だと大問題ですが、蹄と言っても色々あるという事です。

ホルスタインの場合、蹄の長さ7.5cm、蹄角度45度50度55度、厚さ5mm 蹄腫の高さ1.5~2cmなど一応の指標はあります。

でも、ホルスと和牛では蹄の大きさも削蹄に対して求められてくるものも違います。

乳牛の場合は蹄病が多く、予防的な観点から蹄角度は高く厚みを残す切り方が主流です。

一方、和牛の肥育では出荷まで1回の削蹄というケースも多いため蹄の厚さが薄くなっても背壁を短めに切ります。

フリーストールのホルスタインの蹄に比べ、少し寝かし、接地面積を大きくとります。

ただ正直な話、何が正しいのか僕にはよく分かりません。

今まで何年も継続して切ってきた牧場で全く問題の無かった蹄形であっても、別の農場によって上手く機能しない事はあります。

削蹄とは、そういった経験を積み上げて更新していくことで少しづつ分かってくるものだと思います。

生き物が相手なのでただ蹄だけを見ていても分かりません。

常に「これでいいの?」「なんでこうするの?」という考えで仕事しないと腕は落ちてきます。

例えば、削蹄の行程を簡単に言うと①背壁を鉈で短く叩き②鎌で裏をすくととてもシンプルなものなのですが、こんな単純なことだからこそ常に考えないと上手くならないと思うのです。

そもそもなんで鉈で背壁を短くするの?

その長さで本当に良いの?根拠は?

自分が良いと思っている感覚から5mm長いとなぜダメなの?

逆に5mm短いと何がいけないの?

意外に思えるかもしれませんが、惰性で切っていると答えられません。

僕は牛が地面に足を置いた時の体重の伝わり方や歩き方で自分の削蹄の判断をします。

その見立てが正しいか、、、、やっぱりわかりません。

でも、分からないから牛を見て、農家さんからクレーム等の意見をいただいて、兄弟子に聞き、座学もし、以前切った牛の蹄を次も切り、色んな削蹄師と付き合って、自分の牛で試してみる。

その中で分かってきた事は、例え間違っていたとしても削蹄師としての財産です。

そんな中でこの蹄はいつも僕に刺激を与えてくれています。

この蹄は我が家の牛の蹄なのですが、56カ月齢の去勢で生まれてから1度も削蹄していません。

グラスフェッドという穀物を与えず草だけで育てた牛で、冬以外は山で昼夜放牧しています。

餌と環境がこの蹄を作ったのだと思います。

上手く言えませんが僕はこの蹄がとても綺麗だなと思うのです。

僕が普段切る蹄に比べ、この蹄の蹄腫は高く蹄角度も55度とかなり立っています。

蹄底は枯角が完全に剥がれ落ち、馬のように蹄壁で立っています。

この子の足をあげるとつい癖で蹄壁を1枚すいて寝かしたくなるのですが、元気に走る牛を見て何も手を出せないことに削蹄師の仕事の本分を教えられている気になります。

自己満足な蹄でなく、何のために削蹄するのか。

自分を見直す蹄であり、僕にとっての蹄の見本なのです。

「おまえの削蹄は本当にそれでいいのか?」

この牛の蹄はぼくにそう言っているような気がしています。

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書いている人

しゃべらないけど発信はマメ 田中一馬

1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。
小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。
2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として様々な農家の蹄をサポートをしている。
2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛を中心に長期肥育や経産肥育、放牧牛肉の生産などをスタート。
好きなものは牛肉、漫画、純米酒、ウイスキー。ここ1年はサウナにドハマり中。

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