夢 « 田中畜産|但馬牛の繁殖から放牧牛肉の販売まで

2008年8月6日は夢がうまれた日です。

【但馬牛を草だけでお肉にする。】

但馬牛という黒毛和種の中でも特別小さく、和牛の世界でも特殊な「品種」を、完全に草だけでお肉にする。
過去をさかのぼっても、世界中探しても絶対にここにしかありえない取り組みでした。
それは逆にいえば、それだけ無茶な発想で、色んな方から心配されたり馬鹿にされたり、「なんで但馬牛なんだ!」「どうしてもやりたいなら違う牛でしたらいい」そんなことをばかり言われてきました。
たとえ100,000人牛飼いがいても、こんなことを行う人なんて一人もいない。
放牧での牛肉生産を研究する農業試験場ですら「和牛の完全なグラスフェッドはあまりにも否現実的」と取り組まなかった。まして但馬牛なんて論外中の論外。
素人の道楽ならまだしも、業界内では「革新的」ですらなく、「異常」な取り組みでした。
それでも、自分は但馬牛以外の牛を飼う気にはなれませんでした。
だって但馬牛の繁殖農家だから。
でも正直、上手くいくとは思ってはいませんでした。
それでもどうしても確かめたかったのです。探りたかったんです。
草食動物である牛の可能性を。但馬牛のポテンシャルを。日本の食の方向性を。

どうせなら牛が生まれたところから知ってもらいたい。
それらを全部含めて食べてもらいたい。
そう思い「放牧牛パートナー制度」と言う事業を立ち上げました。
毎年15,000円の会費を払っていただき、夢の成長記録を送り、年1回1泊2日の夢に会うツアーにご招待する。
15,000円は毎年のツアー代のほか、放牧敬産牛肉1㎏をお届けするお肉代として頂戴した。

だからパートナー制度は利益を出す事業ではなく、思いに共感して下さったお客様と一緒に「夢」という牛を見続けるという事が目的。
このパートナーの方々がいたから51カ月齢もの間、納得いくところまで夢を飼う事が出来た。

ホルスタインの肥育で24カ月齢、和牛で30カ月齢、松阪牛なんかになると40カ月齢近くまで飼う事もある。
去勢で51か月なんてそれだけでも超高コスト。
だけど、一番いい肉って思える時に出したかった。牛の体型、発育曲線、時期、月齢、それに加えて今まで放牧敬産牛肉で見てきたお肉具合から51カ月もかかってしまった。

2012年11月22日。
夢を屠畜した。

夢という牛の事を、少しでも知ってもらいたくって、夢の事を書こうと思います。
(日にちと時間は写真を撮った時のものです。)

4年前の2008年8月5日13時46分
夢が生まれる前日。夢のお母さん「りんこ」

お産前日でしたが、この時間帯ではまだまだのほほんとしてお産の気配はありませんでした。
りんこは大柄な牛で、結構きかん坊なお母さん。
まだまだ産歴も浅く、血気盛んな年ごろでした。。。

「本当にここでお産できるんだろうか・・・?」

普通は牛舎で産ませるのが当然。
山の中でのお産は僕にとっても初めてで、不安でいっぱいでした。

13:45
陣痛が少しづつ来たのか、しっぽを振ったりお腹を気にしたりしています。


僕ら畜産農家がお産のタイミングを予測するのがこの陣痛です。
陣痛が進むにつれ、そわそわしたり、しっぽを激しく降ったり、後脚でお腹を蹴ろうとしたりするのです。
こんなサインが出たら半日もせずに生まれます。

実はもう一つお産のサインって言うのがあるんです。
それは骨盤の落ち方と、乳の出具合なんです。
お産が近づくにつれ骨盤靭帯が緩み、骨盤がひらがってきます。
こんなふうに尻尾の付け根がぽこっと凹んでくるんです。
また、乳も最初は透明で粘っこい水飴のようなものなのがトロ~っと出てくるのですが、お産直前には牛乳がビューっとでます。
この凹みの深さと乳の状態で分娩まであと何時間と推測しているのです。

「もう生まれるな。。。生まれる瞬間まで放牧場にいよう」
そう決めました。

18時43分
りんこは僕の予想に反して、なかなか産もうとしません。
「もう日が暮れちゃうよ・・・」
山の夜はなんとも形容しがたく、怖いんです。
何かが『じっと見ている』気になります。
森の中だと月明かりも届かず地形も見えないので危ないのです。
「帰ろうかな。。でも、今日中には生むだろうしな。。。」
僕にとって山の中で子牛を産ますなんて初めての事で、とてもほってなんておけません。
りんこは見晴らしの良い草地から徐々に森の方へ移動します。。。
しかし、きょとんとして全然産む気配がありません。

焦る気持ちと裏腹に日は暮れてきます。
19時22分
山頂の放牧場からも太陽が見えなくなってきました。

しかも!こんな時に限って夫婦喧嘩をして、帰らざるを得ない状況に!!!(ここ重要!!)
「ここまで待って、いまさら帰れるかい!!!」
「で、でも怒ってるし、帰った方がいいかな・・・」
「早く産んで~!!!」
「こわいよ~」
「まだかよっ!!」
暗くなるのにあわせ、僕の心はいっぱいいっぱいになってきました。。。。。。。。
(僕が焦ってもしかたないのにねぇ)

20:22
日もすっかり暮れ、りんこの動きが活発になってきました。
明らかにそわそわし、お腹を蹴ったりと陣痛が来ています!!

20:40
尻尾をあげ、しきりに振っています。
糞も軟らかくなってきました。
子宮から産道(膣内)に子牛が出てくる時は直腸が圧迫され、糞が下痢気味になります。
こうなるともう30分~1時間以内に子牛は出てきます。

20:50
りんこが座りました。
いよいよです!
お産は基本的に座って行います。
座っていきんでは立ち、ウロウロして陣痛に耐え、また座っていきんでの繰り返しです。

20:53
りんこが立ち上がり突然森の方へ早足で歩きだしました!!

「ど、どこにいくんだ~!!」
僕は追いかけました。
しかし、追えば追うほどりんこはスピードを上げ森の奥に入っていきます。
普通、牛は群れで行動するので単独でどこかに行ったりしません。
しかも夜中に・・・
焦りました。
森の中は月明かりもなく真っ暗。
木も草も多い茂るので数メートル先も見えません。
「ガサガサ」という音を頼りに当てずっぽうで森を走りました。
やがてその音も聞こえなくなり、僕は夜の森の中で一人に。。。。
完全にりんこを見失ってしまいました。
もう見つけるのは不可能でした。
30分ほど探しましたが、危険すぎるので仕方なく放牧場を後にして家に帰りました。。。。。。。。。
もう、気が気でなかったです。

2008年8月6日6:09
僕は不安いっぱいで山に上がりました。
放牧場の広々とした草地に牛たちはいました。
でも、りんこだけがいません。。。
僕は再び森に入って行きました。
そこにりんこがいました。

「いた!!!!」
「子牛は?子牛は?子牛は?いない???どこに?どこに?いない?」
バクバク心臓がなっていました。
よ~く見るとりんこの足元に黒い影が。。。

「い・いた・・・」
バクバクが止まりません。
山の中で産ませるなんて初めての事。
「死んで、いるんじゃ、ないの。。。?」
最悪のイメージが頭を駆け巡ります。
飛び出そうな心臓を抑えながら僕はりんこのもとにむかいました。

6:09 りんこの足元に夢は寝たままの状態でじっとしていました。
まだ立ち上がりません。。。

と思っていた矢先、フラフラしながら立とうとしている!

6:10 夢が立ちました~!!!!
決定的瞬間に間に合いました~。
まだ足がプルプルしてます!!!!!
何度もお産は見てきましたが、何故か今回のお産は特に感動。

6:26 初乳を飲みました。命が凝縮されているような瞬間に感じました。

こけては飲み、こけては飲み

生まれた夢はめちゃくちゃか細い。でもしっかり立とうとします。

そして、りんこの後を一生懸命追います。

りんこも夢に合わせて歩きます。

15:45 生まれてから約半日。
このころになると体も乾き、もうすっかり走るようになっていました。

 2008.8.7(生後1日齢)ただひたすら可愛い夢です。

08.8.11(5日齢)幼さいっぱい!!

08.8.13(7日齢)周りに興味が出てきて、お母さんから離れるて走る事も。。

08.8.15(9日齢)足、早いっ!!!

08.8.16(10日齢)親子の愛を感じます。

08.9.5(30日齢)目の周りが黒くなってきました

08.9.14(39日齢)中国雑技団のパンダみたい。。。

08.9.30(55日齢)

08.10.3(58日齢)目の周りの黒さがぼやけてきました。

08.10.15(70日齢)毛がすっかり黒くなりました。

08.10.28(83日齢)凛としてきたな~。

08.11.13(99日齢)真っ黒になったね~。

放牧場も草が少なくなってきて、間伐をした木の葉を食べています。

08.11.19(105日齢)11月だと油断していたら雪が降っちゃいました。慌てて下山の準備です。

このころの夢はすっかり野生化しており、スピードもものすごく早く、鼻木もしていないので、どうやって捕まえたらいいのか、正直困り果てていました。
しかし、雪で草が見えなくなり、よっぽどお腹がすいたのか、りんこの乳を夢中で飲みだした夢。

チャ~ンス!!!と、そーっと死角である真後ろから近づき、下顎をガシッッ!!っと掴むことに成功しました。
子牛の時にしか使えない荒技です。。。

その後、モクシ(ロープ)で子牛を捕まえなおし、
「家畜車の扉下ろすからちょっとだけロープもっといて~。」と妊娠8カ月の妻にロープを預けました。
20秒後、後ろを向くと、お腹の大きい嫁さんが雪の上に横たわって倒れている!!!
「あつみっ!!!」と走りかけると、手にはしっかりとロープが。
夢を放すまいと引きずられていたようでした。。。。

初めての妊娠で、しかもお腹が大きくなっていたので、もう夢捕獲どころではありません。
今でこそ笑い話なんだけど、本当に真っ青になった瞬間でした。
嫁さん曰く、「ここで逃がしたら、もう駄目だと思って。。。。」って
いやいやいやいや。。。ロープを渡した僕も僕だけど、とにかく元気すぎるあつみと夢だったのでした。

牧場から下山すると冬です。
夢のパートナーの方々にアルバムの制作をしました。(まだ未完です)
表紙には一人一人の似顔絵と夢の絵を妻が書きました。


ちなみに2008~2009年の牛舎では稲のホールクロップサイレージのみ給与。
2月にはもう1頭の放牧牛「元気」が誕生しました。

年は変わり2009.5.9(生後9カ月齢)
春が訪れ、放牧の時期となりました。
夢も子供から青年になりました。
まずは温かくなったのでシャンプー!

シャンプーの次は削蹄。

そして鼻木を入れました。(もうこれしないと捕まえらんないもん。。。)
鹿の角で穴を開けます。穴が奥過ぎると牛が神経質に、手前すぎると鼻での制御がききません。


2009.9.14(生後13カ月)何故かこの年は写真3枚だけ・・・何故??どこに行ったの???
角が風雨にさらされボロボロとふやけています。
この過程を経て艶のある角に生まれ変わります。(生え変わりはしません。)


2009年の放牧ツアーでは牛と触れ合うというとのんびりした体験だけではなく、夢の捕獲に挑戦しました。
放牧場で生まれ野生児のような夢はいつも牛舎で一緒にいる親牛とは親密度が違います。
万全を期して大人の男性7人がかりで囲み、追い込み、捕まえようとしました。
しかし、そんな大人をあざ笑うかのように、夢は想像を超えた身体能力を備えていました。
全く捕まりません。さすが牛です!!
アフリカではチーターが取り逃がすこともあるんですから、やっぱり牛ってすごく早いです!!
結局ツアーで夢を捕獲することはできませんでした。。。

そして2009.10.24

牛のプロ達による夢捕獲作戦決行。
まず夢を目的の場所まで誘導しようとしますが、上手に違う牛の陰に入り、プレッシャーから逃れます。

青いトラックの方に誘導しようとプレッシャーをかけますが、早すぎてつっ切られてしまいます。

ようやく目的の場所に追い込めました。映像には映らないくらいの遠くの間合いから、3人の人間が逃がさないようにプレッシャーをかけているのです。
あとはこのまま緊張感を保ったまま各々の間隔を縮めていきます。

しかし、夢の方が上手でした。。。

結局、夢が疲れるまで(2時間以上)ひたすら走って追いかけるという地味で根気のいる作戦に変更。
ようやく捕獲することができましました。

2010.2.23(18カ月齢) 今年も稲ホールクロップサイレージ給与。

2010.3.7(19カ月齢) 横にいるのがもう1頭の放牧牛「元気」です。

2010.4.19(20カ月齢) 

2010.5.22(21カ月齢)3年目の放牧スタート!!!

2010.8.22(24カ月齢)2年前のこの月に夢は生まれました。大きくなったな~。

2010.12.4(28カ月齢)
普通ならこのくらいの月齢で出荷してもおかしくない月齢。
ここからさらに2年、夢を飼う。
先日の近畿マッチングフォーラムで聞いた話では、グラスフェッドの場合、通常肥育牛よりは小さいのは当然なのだがは体重に関しては通常の飼育法よりも「あとから大きくなる」傾向があるとのこと。
この時はそんな事知らなかったけど、今になってみると納得する。

この年は夢の鼻木が取れてしまい、昨年同様ひたすら夢が疲れるまで走って走って捕まえる方法で捕獲。
やっぱり2時間くらい走る事になりました。
ようやく夢が歩き、捕まえ、ロープをかけ、牛飼いの後輩にロープを持たすと・・・・
なんと、後輩君が角で持ち上げられていました!!!
危険です!!!慌てて鼻木を入れ連れて帰ったころには、すっかり日も暮れていました。

2011.7.20(35カ月齢) 
フレームが大きくなったというよりは環境に完璧に適応して肉を付けてきた気がします。

2011.9.13(37カ月齢)
それでもまだまだ「肉牛」って感じではない。
37か月と言えば肥育期間の一番長い黒毛和種でも仕上がりきった月齢になります。

2011.9.24(37カ月齢)
横から見れば出荷前の夢と変わらない。フレームはもうほぼ出来あがった月齢。

この冬はチモシーの不断給飼。

2012.4.29(44カ月齢)
家の中から夢と元気が見える。放牧前の準備運動にパドックに出して飼育。

2012.5.1(45カ月齢) いよいよ最後の放牧。5年目です。はしゃぐ夢と元気&咲。

ケンカもする。

そして、2012年最初の青草を食む夢。

2012.6.25~29(46カ月齢)
森の中の夢


青草で腹パンパンです。思ったほど肉はまだついていません。

ここから9月半ばくらいまでが肉付きのピークで、草の栄養が落ちてくる秋にかけて締まってきます。

2012.8.6(48カ月齢)夢4歳の誕生日!!プレゼントは一口も食べませんでした・・・・

2012.8.18(48か月齢)去勢と言っても仕事はします。ちゃんと発情の牛を発見しました。。。

2012.11.21(51か月齢)
この日が夢の最後の放牧日。
10月からメインの大照放牧場の草が無くなったため、夢を鍛冶屋の耕作放棄地の放牧場に移動しました。

2008年8月から51ヶ月飼わせてもらったけど、やっぱり夢は最後まで一定の距離を崩さないんだよね。
触らせない。
そこらへんが夢っぽいっていうか、なんとも言えない。
それでも最後は1mくらいまでなら近づかせてくれた。
そんな所もなんとも言えないな。


正直、夢という牛をここまで飼うとは思ってもいませんでしいた。
最初は牛舎で産ませて、雌だった場合に放牧牛に設定して、3産くらい産ませてから肉にしようと思っていました。
その方が現実的だし。
去勢51か月なんて非効率この上ない。

でも、この夢からいっぱい教えてもらった。
3か月までの初期発育の重要性、スターターの大切さ、プロピオン酸によるルーメンの絨毛の発達などなど。
そんな牛飼いの常識は8か月齢で牛市に出した時に高く売るための常識である事を知った。
但馬牛であろうがほっといたってそれなりのフレームまでは大きくなる。
青草と乳だけで体高はできる。
ただ、時間がかかる。
そして個体差がある。
そんだけ。

あとはそこで利益を出せるだけの価値を生み出せるかだ。
生み出せれば続けてやればいい。
出来なければ力不足なだけ。

色々あったけど、今はただただ夢と支えてくれたパートナーの皆様にありがとうと思う気持ちでいっぱいです。

こいつは本当に本当に本当に凄い牛です。
畜主として誇りに思っています。

ありがとう。夢。

長くなりましたが、いよいよ次は夢の屠畜~お肉編です。
書きいれない事がいっぱいあって書けずにいたけど、写真とともに色んな思いや年月を感じていただければ嬉しいです。