ふくさと « 田中畜産|但馬牛の繁殖から放牧牛肉の販売まで

ふくさと

『ふくさと』は平成7年生まれのお母さん牛です。

父は照長土井という名前の牛。

母はゆきさと1という名で兵庫県美方郡新温泉町で生まれました。

ふくさとはとにかく人間によく馴れていて、

子供がいても威嚇もせず、逃げもせず、じ~っとしてるだけ。

近づいたら、鼻を上げて「かまってよ~」とやってくる。

そして、ただそばにいるだけ。

「近寄ってきて舐めまくる」って感じの牛では無く、

すぐそばまでやってきて、待っている。

そんな牛さんでした。

 放牧場で牛が逃げた時も『ふくさと』だけは逃げずに1頭だけ残っていました。

ほんとにのんびりとした牛でした。

 

でも、1回だけ脱走した時がありました。

その時は全頭大脱走という異例の事態でした。

1日中探しても『ふくさと』だけは見つかりませんでした。

 

夕方になり、諦めて帰ろうとした時、

帰り道の笹藪の中にふくさとがいました。

 

近づいても素知らぬ顔で笹の葉を食べていた『ふくさと』

あんなのんきな牛も珍しい。。。

 

 

そんな『ふくさと』

種付けがなかなかうまくいかず、お肉にすることとなりました。

普段は山の放牧場から直接屠場に搬入するのですが、

急遽大雪になり、山に上がれなくなる前に下山することに。

雪の中ふくさとは放牧場のゲートの前でじっと待っていました。

 

そして、一緒に歩いて山を降りました。

 

12月19日(月)  

ふくさとは屠場へ行くことになりました。

屠場について最初、ふくさとは少し体を左右に振るくらいで落ちついていました。

屠畜の順番が来るまでの2時間、僕はずっとふくさとのそばにいました。

そして「ふくさと」の順番が来ました。

良く見れば小刻みに震えています。

柔い糞もするのできっと何が起きるのか不安だったんだろうと思います。

 

ふくさとを出荷した和田山の屠場は小規模な屠場です。

そのため基本的にセリではなく肉屋さんとの相対取引になります。

屠場の職員も少ないので、

必然的に牛をさばいて枝肉にするのは基本的に肉屋さん。

だから、ノッキング時に牛の鼻を持ったり、

後脚にチェーン回して吊ったり、

ナイフで喉切って頭を取り外す時に牛の顔をおさえるのも

自分(僕)でやります。

最後の最後まで僕は牛の目を見ます。

いつも思います。

牛の考えてることはよくわかんないけど、

ふくさとは「美味しく食べてくれてありがとう」とは思わないだろうなって。

直前まで震えてたんだし。

最後の最後まで目を見ていたから、

よけいにそう思う。

でも、「かわいそう」とは思いたくないし、

思わないようにしている。

自分で牛の寿命を決めておいて

『かわいそう』だなんて驕りでしかないから。

ただ、

『ありがとう』とは強く思います。

だからしっかり『ふくさと』を食べようと思うし、届けたいと思うんです。 

「ふくさと」は無事に枝肉となりました。

決して大きな牛ではないけど

「ふくさと」の大きさの分だけ笑顔が届けられたらと思います。

 

*ちなみにこれはふくさとの第1胃(ルーメン)の中身。

上の緑色が「ふくさと」、下が一般肥育牛です。

ふくさとは草しか食べていないので緑色。

屠場のルーメン残差の中で明らかに浮いていました・・